「EC売上を伸ばしたい」と考えたとき、多くの企業は広告費や制作費を増やします。しかし、スペイン発のファッションブランドScalpersが最初に変えたのは、広告ではなく社員がテクノロジーの保守に奪われる時間でした。

2019年にMagentoからShopifyへ移行したScalpersは、2018年に400万ユーロだったデジタル売上を2025年に4,000万ユーロへ拡大しました。約7年間で10倍です。ただし、この成果を「Shopifyへ移行しただけ」と理解すると、本質を見誤ります。成長を支えたのは、商業部門の自走、店舗在庫の統合、アプリによる顧客接点、値引きに頼らない在庫運用でした。

10倍デジタル売上
€4M→€40M
48%アプリ経由の
D2Cデジタル売上比率
2.9%アプリの
コンバージョン率
約300万人顧客DB
2020年の約2倍

数値はShopify公式事例に掲載されたScalpers提供値です。プラットフォーム移行だけの効果を示すものではありません。

経営課題は「サイトが古い」ではなく、商売が開発待ちになることだった

2019年5月、Francisco Gutiérrez Flores氏はCDOとしてScalpersに参加しました。当時はMagento 2.0への移行が停滞し、商品の見せ方を変更するだけでも開発者の作業が必要でした。商品やキャンペーンの準備ができても、公開日はエンジニアの空き状況に左右されます。

「本当の目的はデジタル事業を伸ばすことなのに、テクノロジー管理へ時間と資源を使いすぎていた」

Francisco Gutiérrez Flores氏の発言を日本語で要約

ここで重要なのは、移行理由を「機能不足」ではなく意思決定から実行までの待ち時間として捉えた点です。EC担当者が販売施策を考えても、開発チケットの列に入るなら、商機は失われます。

施策1:完成品を作り込まず、テーマを土台に商業部門を自走させた

Scalpersは2019年6月にShopifyで稼働しました。大規模な独自構築ではなくテーマを調整し、カタログ管理チームが商品登録、コレクション、ナビゲーション、キャンペーンページを担当。グラフィックチームも、開発依頼を出さずにトップページを変更できる体制へ移しました。

結果として、変更に必要な時間は「数週間」ではなく「数時間から数日」へ短縮。Flores氏は、現在のボトルネックはプラットフォームではなく、商品、コンテンツ、商業判断そのものだと説明しています。

施策2:370店舗を“販売店”から“在庫拠点”へ変えた

Scalpersは直営店、百貨店内売場、フランチャイズを含む370店舗を展開しています。RFIDで店舗在庫を可視化し、Shopifyと同期。自社の注文ルーティングが、購入者に近く在庫のある店舗を出荷元として判断します。

店舗に希望サイズがなくてもスタッフがオンライン注文を案内でき、EC顧客は郵便番号から近隣店舗の在庫を確認できます。これは単なる「在庫連携」ではありません。店舗在庫の滞留を減らし、配送距離と欠品による機会損失を同時に抑える設計です。

施策3:アプリを“追加チャネル”ではなく、顧客DBの中核にした

店舗休業が続いた2020年、ScalpersはShopifyと連携済みのパートナーを使ってアプリを公開しました。現在、アプリはD2Cデジタル売上の48%を生み、CVRは2.9%。顧客DBは2020年の150万人から約300万人へ拡大しています。

アプリ単体の成功ではなく、ロイヤルティプログラム「Partners in Crime」、UGCを扱う「Scalpers Crew」、新作投入時のメッセージ配信が結びついています。アプリを作る前に、継続利用する理由と配信するコンテンツを設計していたことがポイントです。

施策4:余剰在庫をECで常時値引きしない

370店舗に対してアウトレットは9店舗。余剰在庫は物理アウトレットへ送り、オンラインのアウトレット価格はロイヤルティ会員向けに24〜48時間の限定期間だけ提供します。

Flores氏の考え方は明快です。「最良の値下げは、しなくて済む値下げ」。ECでいつでも安売りすると、価格に敏感な顧客が定価で買わなくなります。在庫処分とブランド価値を別々に考えず、チャネルごとに役割を分けています。

なぜ売上10倍につながったのか

変更 動いた先行KPI 売上へのつながり
商業部門が更新を内製 施策公開までの日数 新作・キャンペーンの機会損失を削減
店舗在庫を統合 販売可能在庫率・欠品率 ECと店舗双方の販売機会を拡大
アプリ+会員基盤 アプリCVR・再訪率・会員数 広告に依存しない直接接点を強化
限定的な値下げ 正価販売率・在庫回転 粗利とブランド価値を維持

日本のEC事業者が30日で試すなら

  1. 1週目:過去3か月の施策を並べ、企画決定から公開までの日数と「誰待ちだったか」を記録する。
  2. 2週目:更新作業を「EC担当者で完結」「制作担当」「開発必須」に分類し、開発必須の項目を減らす。
  3. 3週目:店舗・倉庫・モールの在庫差異率、欠品キャンセル率、滞留在庫を可視化する。
  4. 4週目:安売り施策を正価販売率、粗利額、リピート率で再評価し、常時割引を限定施策へ置き換える。
最初に追うKPI

売上だけではなく、施策公開リードタイム、在庫差異率、正価販売率、会員売上比率を週次で確認してください。

この事例をそのまま真似できない条件

Scalpersには370店舗、RFID、自社の注文ルーティング、約300万人の顧客DBがあります。小規模ECが同じ投資を行う必要はありません。また、デジタル売上10倍は7年間のブランド成長、店舗展開、商品力、組織改善を含む複合結果です。

再現すべきなのはシステムの規模ではなく、技術作業を減らし、顧客と在庫の判断に人の時間を戻すという順序です。

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参照した一次情報

ファクトチェック実施報告(2026年現在の最新トレンド・仕様との整合性確認済み)
2026年9月22日にShopify公式事例を再確認。売上、アプリ比率、CVR、顧客DB、店舗数、担当者発言を一次情報と照合しました。成果数値はScalpers提供値であり、同様の結果を保証するものではありません。